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小さな町 川尻の震災報告 21

【耐震壁】 4月5日
構造上壁をつくりたいが、暗くなると困るという場合、4方をがっちり固めて30mmのFIX格子壁にする。欄間も格子壁にする。障子紙を張ると何となく和室の雰囲気を崩さない。根廻りの関係で、左右の柱2本を補強した。

【いろんな壁】 4月7日
コンクリートブロック、レンガ、土壁、板壁の混合壁である。異混構造は良くないと言われているが、今回の地震では無傷である。 壁量が多く平屋だったからだろう。

【水前寺の蕎麦屋中の森】 4月9日
2年近く待ってもらって、やっと修繕工事がほぼ完了した。1階は店舗で壁の増設ができない。耐震ダンパーなどで補強したが、それでも耐震性能が不足する。 屋根瓦が重いのは確かだが、瓦の重さと地震時積荷重はほぼ同じ。 そこで、 2階のトイレを1階に降ろし、 2階は洗濯機以外の物を置かないことを条件に、屋根は瓦仕様とした。

【足場が外れた】4月12日
瑞鷹酒蔵の足場が外れて川尻の家並みが少し見えるようになった。 どうして遅々として進まないのか。 あまりに多い公共工事に引っ張られているからだ。 行政の予算は通常の4.5倍と聞くだけで想像がつく。 修繕工事だけなら理解できるが、火事場泥棒のような事業が中にはある。 震源地から遠い新築庁舎や便乗建て替えなどは修繕工事の後にしてほしい。復旧ではなく発展的復興という掛け声が、 どうも様相を狂わせている。熊本城の屋根修繕はいいとしても、エレベーター工事はオリンピックが終わってからにしてほしいものだ。

【本日、地震記念日】4月14日
2年が経過し、 地震か川尻に関係する記事を、2日に1回のペースで書いてきた。ほとんど駄作だが、 読んでくれる人もいるという思いで続けている。しかし、Facebookには感心する。2年前の記事が読めるのだ。あの時のことを今思うと、あの地震の揺れをもう一度体験したい気分にもなる。危険性と引き換えても体験したい。 余命が少なくなったからそう思うのだろうか。

【地震記念日 II】4月16日
住まいの再建・確保はできたかという熊日新聞のアンケート結果では、「見通しが立ったが26% で、 見通過しが立たないが32%」 である。 「3年後の工事でしょう」という業者の同じ答えに、 見通しが立ったと安心する人と、3年先を不安に思うかで、結果が異なる。正確な見通しは、不確かなアンケートよりも希望棟数を業者能力棟数で割る方が正確だ。現在、普段の2倍くらいの工事量がある。 急ピッチで工事を進めている。どっちが南かわからない方向に向いている家もある。どこかのチラシのプランをコピーして「これに決めたら早く着工できますよ」とでも言っているのだろう。一生で一番高い買い物なのに、大根を買うように安易に決めている。本日は地震記念日。 依頼する方も、依頼される方も、今一度家づくりを真剣に考えよう。

【吹き抜け】 4月24日
大きな吹き抜けがあり、2階が東西に分離していて、 壁に多くのヒビが入っている。東と西の2階部をそれぞれ補強する方法もあるが、 それに伴い1階を強くしなければならない。 ある程度耐力はあるので、 吹き抜け部に大きな格子組を入れることにした。


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【土壁実験】 5月1日
県立大学において夏に土壁実験を行う。 その試験体作成に立ち合った。単なる強度検証だけではなく、 荒壁だけの場合の強度と、 一度被害を受けた土壁を補修した場合、 耐震強度残存率はどれくらいになるかという実験である。確かに土壁は震度5ぐらいでヒビが入る。 それから土壁が落ち、竹小舞、貫、 軸組へと被害は外部から順番に進む。つまり、竹小舞に被害がなければ貫には被害がない。 貫に被害がなければ軸組には被害がない。 5段式のトカゲのしっぽ切りのような仕組みである。自然災害の多いニッポンが生み出した修繕のための建築工法ではないだろうか。

【嵩上げ】5月3日
構造が見えると修理もしやすい。液状化で地盤が沈下した場合、基礎から上げるとものすごい費用がかかる。 基礎の沈下はそのままにして、土台から上を上げるようにすれば費用は安い。写真は、9cmの不等沈下を水平にした例。

【斜め貫】5月20日
筋交いにしたいところだが、柱と梁の接点を壊してしまう危険性がある。土壁下地を斜め貫にした。柱の下方は、はさみ梁も採用した。構造に癖がついていてある程度の耐力が必要だ。 土壁だけの耐力では保持できないし、土壁は固まってからしか耐力は出ない。フレームだけである程度の耐力を出すために採用した仕様である。

【液状化の跡】5月23日
熊本市南区刈草町に、地盤沈下による被害を受けたブロック塀が壊されないで残っている。 近見、刈草、南高江と液状化が続いている。 きれいに水平に等沈下した土地もあれば、複雑に凸凹沈下した土地もある。 このブロック塀はきれいに弓の字に沈下している。ここに建っていた建物も弓の字に沈下したのだろうか。

【窓が少ない】 5月25日
最近の高性能住宅は窓が少ない。 内部はどうなっているのだろうか。アパートよりも少ない。 そして、窓が小さい。 窓からが一番熱が逃げるので窓が小さい方が性能が良いそうだ。 エアコンの効率も良い。 いろいろな住み方があるので、 どちらが良いとは言えないが、地震後の新築は窓が小さく少ない家が多い。

【下屋に耐力を】5月28日
日本家屋は、上屋は主で、下屋が従である。上屋を頑強につくり、下屋がつっかえ棒的役割を果たす。 今回、下屋に耐力をもたせ、上屋を守る構造にした。上屋の構造は補強しないので、80畳の空間はそのまま残る。下屋1間幅に新フレームを入れることになるが、自由に動かないので雇い小根ほぞコミセンとした。 新フレームが上屋を4周取り囲んでいる。

【渡り顎】5月30日
上屋の小屋組みはトラス組みである。 昭和初期の大スパンの建物はトラス組みが多い。トラス組みは両端に荷重が集中する。トラス梁と桁の接点が渡り顎(あご)なので、 梁端部が桁より5寸外部にはみ出している。 この部分に新設フレームを設置すると、古いトラスへの荷重は全部新設フレームが負担することとなる。 無筋の古基礎はそのままで、新基礎に全荷重を負担させる。


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【せん断抵抗の跡 】 6月3日
壁のせん断力は斜め45度で伝わる。 せん断力のモデルを絵に書いたような現場があった。 タイルが少しずつ浮いていると思うが、 耐震性能残存率がどのくらいか、補強した方がよいのか、私はわからない。

【町内の地蔵堂の修繕 】 6月7日
地蔵堂の入り口は、梁に柱を長ホゾ差しで接合していた。 傾いたが倒壊はしなかった。本当は壁が欲しいのだが、 使い勝手が悪くなる。4寸柱を追加し、 柱勝ちの差し鴨居梁を上屋部と下屋部に入れた。自治会長には、震度6弱までの耐震性と説明した。

【助太刀応援】6月9日
伝統構法を志向する建築団体がある。 「日本民家再生協会」 「木の家ネット」「緑の列島ネットワーク」 「大工志の会」「伝統木構造の会」「大工塾」などである。今回「伝統木構造の会」から3人の助太刀が来てくれた。大分と福岡からである。 団体の良い点は厳選された人ばかりではずれがないことである。 若い職人は技量不足ではあるが、熱意がある。安心して依頼できる。再来週は「大工志の会」からの応援がくる。

【挟み梁 】 6月11日
ラーメン構造とピン構造はみんなが知るところである。木軸の柱をラーメン構造にするためにはエポキシ樹脂で完全認定固定しなければならない。 しかし、完全に固定しなくてもそれなりに耐力は出る。 4寸柱の足元を、4寸の梁で両方から挟み込むのである。 ラーメン構造にはならないが、ソーメンぐらいにはなる。

【ブロック塀】6月20日
大阪北部地震によりブロック塀が倒壊し、 悲惨な事故が発生した。熊本市は市の施設の一斉点検を行う。 が、 民間のブロック塀はその数十倍も存在する。熊本地震でもブロック塀は大丈夫だったからと思う人もいるだろう。また、ブロック塀がどちらの所有かわからない例も多い。 対策としては、内側に樹木を植える案を提案しているが、 塀の向こう側のことは???である。。

【土台を外す 】 7月3日
土台が大事だ。土台を外すとは何事だという人がいるが、それは在来工法の場合だ。伝統構法はそもそも土台がない。 この土蔵には土台が敷いてあった。 しかし、白蟻被害にあいボロボロになっていた。土台交換はせず、外したままで柱を下まで通すことにした。 3尺ごとに柱があれば、少々構造に無理があっても許せるだろう。


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【comos主催のアーカイブ会議】 7月9日
アーカイブ会議に参加した。 復興を急げと言うが、 建築関係者は疲れ切っている。機械中心の仕事なら機械を24時間稼働させれば能力が3倍にアップする。だが、人力は残業しても2割アップ程度だ。高賃金地域からの人力応援には費用面で限度がある。 熊本市の行政の仕事が新たに50本以上出た。そのほか公共工事、グループ補助金、歴史的建造物の修理、 住宅新築、 公営住宅、 被害補修などがあるが、縦割り組織の担当者はそれぞれ、来年3月までを期限にしてほしいという。ほとんどの仕事は行政が絡んでいるので、順番は行政で決めてほしいと言いたい。 災害はまたどこかで起きる。 そのために、 現在の問題を整理しておきたいと思う。 不満語録になるかも。

【土壁真壁のチリを利用】7月11日
土壁の破損が大きければ、全部落としてやり直すのがよいが、土を落とすにも労力がいる。土はそのままにして、チリにアルミアングルを設置して、30mmの厚板でアングルに留める。

【貫の追加】 7月18日
建っている柱に貫加工をするのは、困難である。そこで柱と梁の内側に60×60mm材を廻して。そこに貫フレームを設置した。貫の深さが60mmで強度不足と言われそうだが、不足分は60材のフレームで充足するという自己解釈である。その中に小舞を組む。

【竹木舞の完了】7月26日
川尻公会堂の工事において、 えつり作業(竹小舞)は、 鹿元さんグループが担う。4名で1週間の工程で作業は完了した。 高齢ではあるが要領がよく、 作業は早い。 重労働ではないので、高齢でも働ける。しかし、仕事量が少ないので、 専業では成り立たない。日本は仕事が多い国なのか、少ない国なのかわからない。 職人不足というのに、住宅業界は競争が激しい。 需要と供給は、どちらが不足しているのだろうか。受注専門会社が多すぎる。

【建築家がつくる家】 7月28日
「建築家が考えた380 プラン」というチラシがスーパーマーケットのチラシと一緒に新聞に折り込んであった。 温暖化真最中という中で、高気密・高断熱を謳った潜水艦みたいな家の広告だ。窓は小さい。さぞかしエアコンの効きも良いだろう。 どこで考えたのだろうかとよく見たら、九州ではない。 おそらく中央の設計事務所だろう。最近、白だけでなく黒いトーフ建築も増えてきた。 敷地は広いのに、 軒のない家が増えてきた。異常気象に異常建築。 自らを建築家と言うなら、気候風土を考えよ。

【公会堂の踏み台 】 7月30日
建築初期、踏み台はコンクリートだったのだ。 その後40年前の改装の時、木材の式台を上に乗せた。 木は、腐るか、シロアリ被害がなければ、数百年もつ。 液状化で沈下している部分をかさ上げして、元の式台を戻す。 何事もなかったように。


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【土壁補修】 8月3日
大壁土壁の補修は厄介だ。 過去、何層も補修がしてある。 土が厚いので、下地貫や柱や丸竹に固定することは期待できない。 土壁にドリルで穴を開け、エポキシ接着剤を注入し、ひげこを釘に付けて、押し込む。 30cm間隔だ。 ネット張り表面補強みたいなもので、 構造補強ではない。

【金輪継】8月5日
左の柱は2回目、右が1回目の金輪継ぎである。90年間で2回というと多すぎるように思うかもしれないが、木の腐れではなく、 液状化による沈下によるものだ。 液状化が起こらなくするような対策は難しいし、費用も掛かる。また同じように地震が起きれば、また同じように根継ぎする。

【公共工事の土壁】8月7日
公共工事で土壁仕様は初めてだった。電線が壁の中に隠れる場合は電線管被覆せよとのことだ。 土壁真壁は壁の厚みがあまりない。 また、芯の貫が邪魔になる。 どうしたものだろうかと悩む。

【甍の屋根】 8月 9日
瓦屋根の利点は何といっても修繕のしやすさと長持ちだろう。ここ40年で、新しい屋根材はたくさん出現したが、どれもいぶし瓦より寿命が短くて値段は高い。重いから地震に不利という人がいるが、 コンクリートでいえば厚み2cmにしか相当しない。 RC 屋根に防水モルタルを掛けるようなものだ。重い分、計算上は耐震壁を7%増やせばよいことだ。 家は不動産なので、70 ~ 80年持つ屋根材は、寒割れの心配がない九州では粘土瓦だ。

【被災文化財等復旧復興事業】 8月16日
弊社は入れ子式に土蔵の中に別の構造フレームをいれていたので、倒壊はしなかったが、 土蔵三方は見事に落ちた。 道路に面した部分は残ってはいるが、 ヒビの状態からして、かなり強度低下している(近くで見ないとわからない)。 土蔵の補強工事に費用がかかるので、 補助金の申請をすることにした。 被災文化財等復旧復興事業である。 工事費用の2/3または1/2の費用を補助してくれる。申請は遅くなったが、文化財的価値があると認めてもらい、受け付けてくれるみたいだ。

【木ずり漆喰】8月18日
やっと木ずり漆喰の補修の番がきた。 土壁と木ずり漆喰を併用した設計にしていた。土壁部は4隅にひびが入るが、 木ずり漆喰の場合はバッサリ表面が落下した。 ひげこの保持力が不足していた。 下地の木ずりと砂漆喰が追随していない。 その点、土壁は粘りがある。 写真の左が木ずり漆喰で、 右が土壁漆喰だ。 事例が少ないので、 どちらが良いとは言えないが、 今のところ、 木ずり漆喰の方が、 被害は大きく出るが補修工程は1回少ない。

【敷居】8月20日
90年も経過すると、敷居は擦り減っている。 敷居は外せるようになっているので、外して溝を掘り直して、またはめる。鴨居はほとんど痛んでいない。 修繕は手間がかかるが、材料はただである。手間がかからないようにと、手間削減のことばかり考えると、そのうち職人がいなくなる。

【肘木】 8月23日
桁梁を補強のために追加したが、仕口が落とし蟻となり、段差が必要となった。中村大工の考案で、段差切り欠きを行い、隙間埋めに肘木を横から挿入することになった。 さりげない納まりに仕上がった。

【二重瓦】8月25日
周辺に樹木がたくさんある。樋が枯れ葉で詰まる。樋なしにして、地面に溝を付けて雨受けするが、本棟の上屋から下屋への雨落ちは瓦に負担がかかりすぎる。瓦だって、雨量が多ければ漏る。下屋の雨落ち部に、少しずらした瓦を2段にして、 雨量を散らすことにした。 昔からのやり方だ。 日田の草野家で見た。

【断層の上の亀裂】8月27日
西原町で、断層の亀裂が走っている家を訪問した。 土間が横に引き裂かれていた。上下移動が少ないだけまだ救われる。まさか、地震の割れ目の真上にいると思うとぞっとする。西原町は面白い。 道路は凸凹し、通れない道がまだたくさんあるというのに地価が上がっている。


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【耐震壁】 9月5日
廻り縁の場合、上屋の出隅も下屋の出隅も開放的な建具である。構造の専門家や2×4の規定では出隅は壁を推奨する。しかし、出隅は開けたい。出隅部を格子耐震障子にした。 建具2枚の内、 開けるのは1枚なので、もう片方を FIX格子にして障子紙を貼る。出隅の柱は鴨居部の断面欠損が多いので、添え柱を追加した。

【開けてびっくり】9月12日
在来工法は自由設計というが、 自由奔放設計でもある。 この家は解体・新築を決めていたが公費解体締め切り1日前に、修繕に変更された。修繕のために開けてびっくり玉手箱。 上屋と下屋で構成されているが(右壁は下屋で、尺五寸手前が上屋で妻壁がある)、 上屋の通りには耐震壁はゼロ。下屋には筋交いはあるが基礎はない束石だ。また、 上屋の通りの梁はつながっていない。 安くするための手抜きとは考えられない。信じられない。よく倒壊しなかった。 液状化して倒壊を救ったのかもしれない。正常な工事に今から修正する。

【熊本市庁舎建て替え事件】 9月18日
いつものことながら、 修繕費用と新築費用を比べて、 修繕費用が高いという結果を出し、新築へ進む。 そして、実施したら新築工事費用は3~5割跳ね上がる。 いつものパターンである。冷静に考えよう熊本市庁舎は、地震の被害は受けていない。しかし、 耐震診断をしたら、不足するという。構造計算は生き物である。計算法には7種類あり、種類の違いでOKになったりアウトになったりする。 特に、 既存建築は、例えば劣化の程度を0.9 にするかo.8 にするかの判断は人の勘で決める。姉歯事件のとき、許容応力度計算ではアウトの建物が限界耐力計算ではOKになった。 計算が混乱するといけないので、 2種の構造計算使用は禁止になったが、億の金が動くのであれば、数種の計算で検討すべきだろう。そもそも、構造計算は指標にすぎない。強い地震や台風が来るたびに指標は変わる。絶対安全という建物はつくれない。

【熊本市庁舎建て替え事件ⅡI 】 9月20日
構造計算の方法は年々複雑化する。 公共建築はより安全でなければならないが、熊本県内の熊本市庁舎以外の建築物も安全率を上げ、被災係数を掛けて耐震診断をすればアウトになるものは多い。コストを考慮して検討すべきである。体育協会の第3者委員会でさえ5名であるのに、市議会公共施設マネージメント調査委員会評価検討委員が4名とは少なすぎる。 人のさじ加減で大きく変わるし、絶対安全という計算はないので、どこかで判断を妥協しなければならない。 最高裁の評議に似ている。15人の裁判官が全員有罪と言えば仕方がないが、 一人でも無罪を訴えれば、 えん罪の可能性もある。7つの計算法を駆使して計算すれば、「基準合格」という結果が出るかもしれない。

【熊本市庁舎建て替え事件III】 9月22日
熊本市は政令指定都市となり、中央区、東区、西区、南区、北区と5つの新庁舎が出来たばかりだ。人口は増えていないのに、 庁舎だけが肥大化し続ける。今までなかった5つの区役所があるから、 現在本庁12階の建物を6階に減築すれば耐震性は十分上がる。400億円は、市民1軒当たり10万円の負担である。 市民病院も建て替える。 無被害に近い花畑町別館も建て替える。MICEにも300億円投じた。 ここにも市民1軒当たり10万円の負担である。県は県で、もう一つ庁舎を建てるという。熊本は将来、南の夕張になるだろう。よく考えよう。 必要か、必要でないか、 安全や危険かの議論をすれば、命が大事なので、 限りない安全性を求める結論になる。 しかし、後ろにあるものが見え隠れする。 合併推進債が使えて、9割を借金可能という。もらえるお金ではない。借金が可能というだけだ。 その膨大な借金を返すのは、 次世代の若者だ。 それなら若い人の意見を聞こう。 余生の短い4人の専門委員だけで決定すべきではない。決定する老人方は返済時にはこの世にいない。また、借金の4割は国が支援するから熊本市の負担は少ないというが、市民は国税も払っている。なにか勘違いしている。 熊本市庁舎建て替えは、もはや事件である。


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【軽い天井材Ⅰ】10月11日
地震対策用の天井材が多く商品化されているが、値段は非常に高い。昔からある日本の竿縁天井材は厚さ7mmと薄く重さも4kg/m²と軽い。壊れた天井板は替えやすい。 竿と廻縁は交換しにくいので修理して使った方がよい。

【軽い天井材 Ⅱ】10月13日
伝統建築と近代建築の壁、天井材を比較してみた。 近代建築は平滑さを追求するため、安い石膏ボードを下地材として使い、その上に表面材を張る。建物は軽いのに天井は重い。伝統建築は屋根も壁も重いのに、天井材だけ軽い。 地震を想定し、 落ちても被害が少ないようにとしたのだろう。 壁は被害がわかるようにと下地を柔く表面を固くしたのだ。地震に対して被害が出ることを想定したのが日本の伝統建築なのだろうか。

【軽い天井材Ⅲ】 10月27日
地震被害で天井落下事故が多く発生し、 軽い天井が発売された。メンテナンスを考え、取り外し可能な材を探した。 帝人が開発したポリエステル製「かるてん」という材料があった。竿縁天井材の半分の重量で2kg/m²だ。下地と合わせると2万円/m²を越える高値であるが、 取り外し可能な材はほかに見つけることができなかったので採用した。 見栄えは遠目には良かったが、近くで見ると継ぎ目が目立つ。 対処を考えなければならない。

【倒壊防止ヤグラ】 10月29日
粘りがあっても、ある限度を超えると倒壊する。地震直後は人手が全くない。すぐには補強工事なんてできない。 そこで制作したのがヤグラだ。最上部は梁と結束していないのがみそ(ずれ防止はある)。頑強な耐震壁はないので、引き抜きは発生しない。専門用語で言えば傾斜復元力だ。転倒する場合は梁が下がる。その下がりの力を利用しようという原理である。施工期間は1日。 費用は12万円だった。応急措置の役目を終え、これから全体の耐震補強を考えていく。

【離婚届】 10月31日
グループ補助金は大変ありがたい制度だ。 何千件もの商業建物の修繕に利用された。 それを来年3月20日工事完了で打ち切るという。 3年を待たずして終了だ。 3月20日に間に合わない人は辞退届を出せとの書類がきた。「離婚届けに印を押せ」みたいなことだ。予算措置は終わっているので、予算が増えるわけではない。 支払い時期が延びるだけなので、県は定期預金でもしておけばよいことだ。 落後者は出しませんという知事の言葉がむなしい。 まだ、 26,000人が仮設住宅に住んでいる熊本なのに、東京では、復興のシンボル熊本城が元に戻った写真を見れば、復興は終わったと見えるのだろう。 シンボルは先頭ではなく最後尾を走るべきではないだろうか。

【軽い天井IV】 11月3日
「かるてん」の継ぎ目に木の棒を入れてみた。 10mm×12mmである。 ビス止めなので取り外しが可能だ。 ポリエステル材の継ぎ目の不陸が目立たなくなった。 天井材で、取り外し自由な材は非常に少ない。


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【トラス構造】 11月12日
昭和初期、日本では多くのトラス構造が採用された。4間半スパンも珍しくはない。 トラスにトラスを架けるのは好ましくないが、それなりに下弦材は大きくしてある。また、隅部は和小屋組である。 和組、 洋組の混合である。松留愼一郎先生が非常に珍しい構造だと言っておられた。最近の構造計算はいかに部材を小さくするかで、 耐久性のことはあまり考えない。計算が不確かだった時代は余力を大きく取るので、結果として耐久性につながっているのだろうか。

【障子のやぶれ】 11月17日
外していた障子をはめた。 地震前は1枚も破れていなかった。 地震により3×6尺の障子の紙は破れたが、ランマ障子は破れていない。障子が大変形したことがわかる。 つまり鴨居の高さで柱がくの字に曲がり地震に抵抗したのだ。 鴨居と柱の接点には切り込みを入れるので弱くなるが、 柱の被害は1カ所しかない。柱と鴨居の接点にある長押が耐震に役に立ったのだろうか。

【市長再任】 11月21日
市長選挙は低い投票率だった。 争点の一つに市庁舎建て替えが挙げられていた。勝者の会見で、 「市庁舎は科学的には建て替え以外の方向はない」と断言していた。 さらに、 再任は市庁舎建て替えを市民に丁寧に説明したことの承認を得たとの弁。
50年前、天下の山下設計が設計した建物が、補強工事の施しようがなど弱いというなら、 熊本県内に建っているほかの建物の耐震性能残存率は、市庁舎以下だから、ほとんどが建て替えだ。
「花畑町別館」(1936年、山田守設計)と同じように、簡単な構造計算で検証したのではないだろうか。 簡単な計算ではアウトになる。
市内に東西南北4つの庁舎が新設された。 総床面積は倍以上に増えている。 本庁は縮小してもよいと思う。 12階を10階に減築したり、地下に制震ダンパーを設置したりしての耐震補強方法はたくさんあるだろう。「科学的に補強工事は不可能」の裏側には、「12階や地下を今までと同じに使った場合」という条件が付いているのではないだろうか。 12階のレストランや地下の床屋は周辺の店を使えばよい。
「市庁舎は科学的には建て替え以外の方向はない」と首長が断言するのは、建築を大事に長く使おうという考え方への挑戦だ。

【熊本市庁舎建て替え事件IV】 11月22日
コンクリートの塊のような「産業文化会館」(三菱地所設計)も、 耐震性不足で解体。 「花畑町別館」も、 増築した4階が破損して全壊扱いとなり解体。「川尻公会堂」はIw値 0.17 だったが、 根強い住民の保存運動で、 修繕になった。「熊本市庁舎」について住民主動で修繕保存運動をやるのは変な話だ。まずは、オンブズマンへの相談かな。*IからIIIまでは2018年11月号に掲載

【復興工事の工期】 11月24日
建築部門だけを見て、地震復興にはどれくらいの期間がかかるかを計算してみた。単純計算で5、6年だろう。自分の工事だけがどうして遅いのだろうと思っている人は多い。 行政から急げ急げと言われているが、 6,000席の椅子に 34,000人が詰めかけたのだ。 何の策も打たずに、 補助金を打ち切り、急げ急げはないだろう。
●「熊本地震復興期間」について
1:熊本県発表の地震被害状況を見る
(参考:「平成28年熊本地震からの復旧・復興に係る要望」 2018年10月、熊本県)

解体は43,000世帯である。 半壊のうち18,000世帯が解体したと推測する。新築工事|公営住宅を含め、 12,500 + 12,300 +18,000=42,800戸が必要であるが新築や公営住宅入居をあきらめた人もいるので、 実数は不明だが、新築を8割とみても34,000戸の建設が必要。修繕工事|半壊と一部損壊の修繕が必要 132,000+37,600=169,600戸
2:着工統計を見る (国土交通省による)

震災年は例年より6,000 戸多い。 5割増しの工事量である(公共工事を含む)。6,000戸の建設増は次の努力があった。
・職人の残業
・全国組織ハウスメーカーの応援(価格上載せ、ハウスメーカーも2年待ち)
・建築工法の簡素化 (まち並みの陳腐化につながっている)
・退職者の再雇用他県に依頼
・公共工事は入札不落が続き、 工事費アップを図った
・ゼネコンに依頼(全国から職人を集める。しかし、価格は高い)
・外国人不法就労 (1万円 /日で高賃金だった)
復興期間は、頑張っても、34,000÷6,000=5.6年とみるのが妥当と思う。地元の大工・工務店は169,000世帯の修繕に追われている。6,000戸/年増は相当の工事量である。行政は「蟻の目」で県民に寄り添い、 幅広い「鳥の目」で全体を見るべきだ。掛け声でなく、 根拠ある復興期間を望む。


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【面格子】 12月1日
アルミサッシュと木製サッシュのどちらを好むかと聞けば8割の人が木製サッシュがよいと答える。それで、木製サッシュの外側の面格子は木製サッシュが見えるように間隔を広く、アルミサッシュの外側の面格子はアルミサッシュが見えないように間隔を狭くした。

【天井材】 12月11日
天井裏の配線やり替えは結構多い。工事終了直後でも起きる。天井板の相欠きビス止めは簡単に外せる。最近、合理化優先で、修理のことは考えていない建材が多い。天井材が簡単に外せる材料は、 ジプトーン以外にあまりない。

【露出コンセント】12月18日
埋め込みができず、どうしても露出コンセントにしなければならない場合がある。 コンセントボックスの周囲に7mmの板を取り付けた。7mmの板は竿縁天井板の余り材である。

【断面欠損】 12月20日
木造の仕口、 接手は木材を切り欠くので弱くなる。そのため材木は大きめに使うのだ。断面欠損があるから金物設置がいいというが、金物があるから部材を限りなく小さく使っている。伝統木構造の断面欠損は織り込み済みだ。 X方向とY方向に仕口・継ぎ手が重なる場合は段差を付けて断面欠損を小さくする工夫をする。

【市長への便り】12月22日
税収1000憶円以下の熊本市が市民の安全を旗印に400億円の市庁舎を建ててよいものだろうかと疑問に思い、市庁舎建て替えに対しての質問を市長宛に出した。「科学的に耐震改修は不可能」とのことだが、 次の質問に対し「科学的に」回答してほしい。 熊本県庁舎は震災で壁がヒビだらけになり、鉄筋はむき出しだった。壊れた壁は雑壁なので安全と宣言した。一方、熊本市庁舎はヒビーつ見受けられないのに耐震性がないという。 構造計算には7つの方法があり、人によってアウトだったりセーフだったりになるという。 そこで次の質問を行う。
① 構造計算は大阪の会社で、 どの計算計算法で解析されたのか。 構造計算内容は、公開できないか。
② 構造計算に7000万円をかけたという。高度な構造計算の場合はピアチェック(二重チェック) を要求される。 熊本市庁舎の構造計算はピアチェックされたのだろうか。 民間では、求められている。
③ 耐震性残存率はどのくらいか。
④ 政令都市になり、4つの区庁舎が新設された。本庁の14階建ては10階に減築してもよいと思う。 最上階のレスランや地下商店は周囲にたくさんある。減築も考えたとあるがどの程度の減築を検討されたのだろうか。
科学的に納得したいので、 回答をお願いしたい。

【グループ補助金の延期】 12月26日
グループ補助金は来年の3月20日までに工事完了のことと言われていたが、やっと延期が認められた。工期は6カ月必要なので、遅くとも3月に着工しておかねばならない。 グループ補助金が受けられないからと、3月の時点であきらめた事業者も多いのではなかろうか。県の担当者もかなり努力されたことは承知しているが、制度そのものを変えてほしい。 被害の多さによって工事期間は異なる。 熊本地震の建築部門の復旧工事期間は5~6年とみた(前号参照)。なのに、グループ補助金の工事期間は制度上3年だった。 東日本大震災は7年経ってもまだエ事が続いているではないかと言えば、 あれば別扱いだそうだ。 どうも腑に落ちない。

【公費解体】 12月30日
熊本地震から、半壊以上が公費解体の対象になった。制度としてはいいが、あまりに解体が多すぎた。 わずかな損傷で解体になった建物もある。住宅、 一般建築物のうち、 「半壊」 以上であれば、 公費で解体してくれる。居住していなくても、登記者本人であればよいし、さらに解体後の滅失登記までしてくれる。 住宅の 「半壊」程度では補助制度が少ない。そこで、「半壊」 の人が解体すれば「解体世帯」となり、 「全壊世帯」と同じに扱われ補助金が一気に増大する。 修繕か解体かの検討をする間もなく、解体に進んだ家がなんと多いことか。 全壊8千棟、 大規模半壊1万2千棟なのに、 公費解体は3万5千棟である。 データ上ではあるが、1万1千棟は「半壊」だったかもしれない。 今後の被災地においては、「半壊~全壊世帯」には、公費解体費用相当を修繕費用に充当できる制度にしてほしい。そうすれば、 修繕工事が増え、 昔のまち並みが温存される。復興費用総額も、行政負担は少ないはずだ。


小さな町 川尻の震災報告 30

【障子戸の補修】1月14日
障子の桟が欠けたり、枠がひずんだり、鏡板が破れたりした場合、ほとんど廃棄処分する。 しかし、 接着剤を使わず小根ホゾ差しの場合は、ドナーから臓器をいただくように、処分する障子戸から桟や鏡板を取って再使用する。34枚を処分予定だったが23枚が生き返った。

【熊本城】 1月16日
復興のシンボルである熊本城天守閣は今年完成し、 エレベーターまで付いているので、 復興はかなり進んでいると思っている県外の人は多い。地震被害全体からみれば半分ぐらいだろう。 シンボルが自分だけ先頭を走ったらいけない。 後の人は無視される。何億円もの国費をいただいて工事しているのだから、 その工事をもっと見せるべきだろう。 熊本城北側の開かずの門あたりの工事は見所だ。石垣工事の足場にすごい鉄骨が組まれている。 1匹の羊を救うために自衛隊が出動しているみたいだ、 役目が終わったら、倉庫数件分の骨組みにでも使えそうだ。 RC造の天守閣は日本中にたくさんある。 天守閣のをつくるかの提案があった。住民検討委員会は拒否した。そして熊本地震があった。 それでも住民は建て替えより修繕を選んだ。熊本市は納得した。地震被害のない市庁舎を建て替えるという新築好きの熊本市がよく了解したものだと思ったら、 前の市長の決断だった。

【川尻公会堂検討委員会メンバーで見学】 1月18日
思えば2012年の話。耐震性のない川尻公会堂は震度4で壊れる、壊して新しいコミュニティセンターをつくらないかという話があり、耐震補強を要望したら、大広間に鉄骨の柱を10本建てるか、構造用合板の壁をつくるかの提案があった。住民検討委員会は拒否した。そして熊本地震があった。それでも住民は建て替えより修繕を選んだ。熊本市は納得した。地震被害のない市庁舎を建て替えるという新築好きの熊本市がよく了解したものだと思ったら、前の市長の決断だった。

【復興建築の餅投げ】1月21日
熊本地震で「菓舗梅園」の工場が全壊した。 グループ補助金の融資を受けて建て替えることになった。 前のエ場は大きすぎたので縮小し、倉庫はお菓子に関係するミニイベントの会場としても使えるようにした。 本日は工場の上棟式で、餅投げをした。子どもたちの下校時刻に合わせて16時スタートにした。 子どもたちや近所の方々 50名が参加してくれた。

【マシキマルシェ】1月27日
益城町に食材メーカー 「丸菱」がある。 震災直後、 みんなが困るからと直売店舗とレストランをつくった。 仮設とはいえ建築費はそれなりにかかっていたと思う。まだ営業しているかなと覗いてみた。 営業していて、お客さんも入っていたので安心した。 震災直後は喜ばれるが、 時間が経過して客足も遠のいているかと心配した。 建築費を抑えてつくったとしても原価償却に5、6年はかかるし、雇い入れた人たちもいる。長く続いてくれることを希望する。


小さな町 川尻の震災報告 31

【既製品と手つくり】2月1日
「部品がないので修理できません」とはよく聞くセリフだ。85年前に製作されたガラス戸は、ガラス押さえビートが固くなって外れていた。修理は、木で三角をつくり、黒べんがらを塗ればよい。相手が木なので、どんな加工も可能だ。ガラスは割れるものという前提で、ガラス交換ができるように、接着剤で留めてはいけない。

【しまガラス】 2月4日
続いてガラスの話。 模様が入った型板ガラスがなくなってしまった。数年前までいろんなデザインのガラスがあったが、現在は霞と梨地だけである。アルミサッシュは、メーカーの違いを含めると100種類以上あるのに、模様のガラスを求めようとするとフランスからの輸入品となり、 高値である。どうしてなくなったのか不思議である。

【瑞鷹復興支援の会】 2月6日
瑞鷹酒造の地震被災直後、川尻住民は三角保之氏を会長にして「瑞鷹酒造復興の会」を立ち上げ、「瑞鷹の酒を飲もう。 飲まない人は募金を」と活動を始めた。 ある程度のお金も集まった。復興工事はまだ道半ばであるが、本社棟が完成し、9日に仮住まいから、 戻ることになった。 そこで、募金を工事費の一部に充ててもらおうと、 会長より吉村浩平社長に手渡す儀式が行われた。皆さんが寄付した支援金は屋根瓦の1枚1枚かもしれない。そのつもりで瑞鷹酒造の建物を見ていただきたい。

【今だに続く地震相談】2月12日
震災後3年近くになる。近所から震災工事の相談がきた。被害が小さいので、躊躇されていたのだと思う。 水路横、 北、南、西、 2階を増築したかなり複雑な建物で、側方流動を起こしている。地盤は10cm沈下。建物は内部測定で5cm沈下。住めないことはない。 修繕には費用がかかりすぎる。建て替えるという相談なら修繕を勧めるが、 悩んでしまう。まずは、液状化補助金を提案してみるか。

【消防の検査】 2月21日
消防署員は建物完成後、消防法に適応しているか検査をする。フードの厚みと幅と、レンジと壁の距離である。 その後、毎年消防設備の点検を報告しなければならない。報告書を提出しなければ、違反になる。 消火器の有効期間は10年なのに、 報告は毎年である。 ずーと以前に毎年報告と法律で決めたのだ。 法律はその時に気分で決めているように思える。 問題が起きると安直な法律がすぐできる。省エネ法は義務化にはならなかったが、議論の中で、 改築の可能性があるので、3年ごとに定期検査をすべきだと議論されていた。あの時、「3年ごとの検査だと熊本県では100年後に60人の専門検査官が必要だ。必要・不要の議論をすべきではない。 必要にしたら違反者が増えるだけだから反対」と論を述べた記憶がある。総務省の統計調査員の問題も同じである。 訪問調査が好ましいと決めたが、予算の都合で訪問も郵送に切り替えたから違反だというのだ。厳しすぎる消防法。 現実的でないことが多すぎる消防法。 開放レンジの壁から隔離距離は1mだ。 消防法の7割は守られていないと聞く。 違反を減らすには、消防法を改正する方が良策だと、 消防署員にいったが無駄だろう。

【517日工期建築の完了】2月25日
「川尻公会堂」の設計監理業務の完了検査だった。長いようで、短い期間だった。現場は歩いて3分の距離で、毎日の日課になっていた。ほっとする一方で名残惜しい。 4月1日に住民管理の団体に引き渡すことになる。

【公会堂の秘密】2月27日
公会堂の修繕工事は設計期間を別にして、工事だけで517日だった。昭和6年の新築時は大工が18人で、200日間と棟札に書いてあった。また、床下から「川尻町公會堂」の火鉢が出てきた。 昔の家は気密性がなくスカスカと批判する人がいるが、 一酸化炭素中毒にならないように、あえて気密にしなかったのかもしれない。 公会堂の秘密をまとめたいと思っている。「古町・新町・川尻地震ツアー」 の計画を富士川氏の提案しよう。


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【小屋組みの中の筋交い 】 3月7日
筋交いは皆が知るところである。 日本建築の壁には採用されてこなかったのは、日本人が知らなかったからではない。 壁の場合、 家が揺れるとひびが入りやすいからだ。150年前のN邸の小屋裏に筋交いが使用されていた。大型建築の小屋組にはよく使われている。

【150角隅柱】3月9日
隅柱に損傷がある場合、 取り換えは厄介である。露出梁を新規の柱で受けて、新柱と旧柱をコーチボルト3カ所で留める。柱下部は雨掛かりが多いので、 芯持ち材の赤身を使う。 少々高いが長持ちする。塗装での木材保護は期待しないがよい。構造材を2、3年ごとにメンテナンス塗装をする人は少ない。

【被災住宅調査】3月11日
熊本市の中心部にある150年前の家で、 130年前の熊本地震も体験した建物である。 シロアリ被害による部材交換は見受けるが、老朽化は見当たらない。床の高さは外部で計測すれば700mmなのに、 床直下では1150mmと外部より450mmも低い。湿気が床下に入り込みそうだが、なにか理由があるのだろう。

【液状化対策】 3月14日
川尻の一部の地域に液状化が起きた。 杭を打てば30mの長さになる。 ほとんどの建設会社は5~7mの摩擦杭で対処工事を採用している。 近くでは7m杭の家も沈下していた。近辺の液状化による沈下量の最大が12cmだったので、修復可能なつくりがよいかと思った。外部に30mmのカバー板と水切りを付け、板を外して基礎パッキンより上を上げやすくした。

【塩焼き瓦】 3月22日
オレンジ色の塩焼き瓦は熊本では見慣れない瓦だ。セメント瓦発祥の地は熊本である。色付き瓦は見慣れすぎて、すべてセメント瓦に思えてしまう。よって、オレンジを着色していると思っている人は多い。瓦を焼くとき、塩を混ぜれば表面がオレンジ色になり凍害に強いという。

【瑞鷹酒造小売り部開店】 3月26日
仮店舗だった本社機能も先月引っ越しが完了した。本社の一部を小売り販売所として、東側に新設した。裏が醸造所なので、絞りたてに近いという利点はある。一度中を覗いてほしい。

【瑞鷹酒造小売り部開店2】 3月28日
中を覗いてみよう。 まず800mm×3000mmのケヤキー枚板のカウンターがある。近くの川尻公会堂からもってきた。 公会堂は、90年前に瑞鷹酒造前社長の吉村彦太郎氏が寄贈した建物だが、床の間を舞台に改造し、床板が不要となっていた。今回、出資者の元に帰ったことになる。90年の歴史は新材では表現できない深みがある。


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【手カンナ仕上げ】4月1日
木造軸組みの9割がプレカットである。安くて早くて精度が高い優れものという認識は正しくない。 仕上げは大工の手仕事には劣る。 手カンナと機械プレーン仕上げを比較してみよう。 触ってみると手カンナの方が肌理が細かいとすぐわかる。肌理が細かいと汚れが付きにくく、水分を吸いにくい。 プレカットは国の補助金があるから安く見えるだけだ。 そのうち、 補助金もなくなる。その機械償却費用が加算されプレカットも高くなる。 総合的に見極めないと、判断を間違ってしまう。 今だけ安いには気を付けよう。

【トラスの補強】 4月3日
トラス構造は端部に全荷重がかかる。 荷重に比例して、地震荷重は壁に伝わる。 そこで、 トラス中央にヤグラを建てる。 ヤグラが荷重を受けて、 壁に伝わる地震力を減らすのである。 ヤグラは傾斜復元力で地震に耐えるが、70cmを超える横揺れに対応できなければ倒れる。

【待ちます】 4月5日
すさまじいスピードで家が建っている。 セキスイハイムもびっくりである。 地震直後に注文を受けた住宅が、やっと外観が見えるようになった。建て主の条件は「まち並みに合わせてくれ」だった。それと「待ちます」はたいへんありがたい言葉だった。

【熊本市議選】 4月8日
熊本市の市議選が終わった。 市庁舎建て替え問題について、『熊日新聞』が4月2日にアンケート調査を行っていた。当選者をあてはめてみると、賛成29名、反対6名、どちらでもない13名である。 市議は住民の代表なので、民主主義の原則から考えると、本当に、地震で無傷だった市庁舎の建て替えは進んでしまう。 まずは、 当選した市議にあたってみよう。

【川尻公会堂落成式4月11日
昨日は川尻公会堂の落成式だった。3分間の持ち時間で設計趣旨をスピーチした。思えば完成までの6年間の戦いだったという思いである。震災後、大規模半壊の建物を本当に改修できるのかと、市の担当者からは言われていたが、本日の市長の話の中で、市長が直接3回大丈夫かと担当者に念を押したと初めて聞いた。式典が終わったらすぐ宴会が始まった。コミュニティーセンター(コミセン)はコミュニティーセンター条例で、 酒が飲めない。 公会堂条例には会場内飲食の規定がない。 住民がコミセン新築を嫌い、 公会堂改修を望んだ真の理由。

【掛け声政策】4月13日
選挙戦の場合。 「頑張ろう」と掛け声だけで出馬して、 最初から落ちるとわかっている候補者は、やはり落ちる。復興は、今になってあと3年かかるという。 最初から、被害件数、被害予算を工事能力で割れば6、7年かかることはわかっていた。しかし、目標を4年と設定し、 「仮設住宅入居2年 + 特別の理由で1年延長」、「グループ補助金は3年」と締め切り日を急かす「掛け声政策」だった。 初めから、 復興を6年と見越して、 「仮設住宅3年 + 特別の理由で毎年1年延長×3回」 という政策にすべきだったではないだろうか。「グループ補助金も3+ 2 年延長」にすべきだった。 選挙とおなじく「掛け声」だけで工期は縮まらない。

【壁の新設】 4月19日
開放的な建物で、150年経過している。130年前の熊本地震も経験している。 壁が少なく、 柱は大きいが軸組だけでは耐力不足。 壁の新設は必要だ。 全体として支障がない場所に壁の新設を計画する。耐震補強は構造用合板が優れているというが、 150年持ちこたえた家に構造用合板は似合わない。 どのような壁が適切か今から考えていく。


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【石積みのヒビ】5月5日
加勢川の石積みにヒビがはいっていた。大がかりな補修工事になるかと思ったら、ずれた隙間に小石を詰め込んだだけだった。 道路から上はパラペットで体ではないので、強度は必要ないからだろう。パラペット下まで水が来たら逃げるのがよい。

【フレーム補強】5月7日
柱や壁を補強するより、外部に柱と梁を新設し、補強フレームをつくるほうがコストが安い場合がある。 タキロンの屋根があるので、構造部材の雨掛かり対策は施さなくてよい。 フレームを連続させて大きい梁と大きい足固めにすれば引き抜きは発生しない。基礎は300mm× 300mm の基礎石である。旧柱と新柱はコーチボルトで緊結している。

【窓枠】 5月13日
150年も経過していれば窓の敷居も鴨居も歪んでいる。 ゆがみを直すのではなく、内側に新たに枠をつくって障子をつける。構造補強は歪んだまま補強するのがよいと思う。 大工職人と建具職人が存在するから可能だ。修繕後は後日披露。

【解体材】5月15日
倒壊の家の部材活用の例だ。公費解体では基本的に部材は取り出してくれないが、役所にではなく直接業者に頼めば取り出してくれる。 解体材を利用して新築する。 100年経過の建物であったが古材は新材と比べて遜色ない。建て起こしの技術】5月21日10mの高さの建物が高さ3m部分で9cm傾いている。田の字構造なので、接点を押したり引いたりすれば真直ぐになる原理はわかる。しかし、力の入れ具合はわからない。 また建物を反力にすれば、建物が変形する。 建物の中の土間に 2.5m鉄パイプの杭を打つ。 引っ張りも押しもこの杭を反力にしている。まさに日本建築の修復の技術だ。

【公会堂の宝さがし】5月25日
子ども相手に公会堂の見学会を計画している。 保護責任があるので祖父同伴にした。 床下や屋根裏に潜らせる計画だ。 どちらも意外と明るく、光と風が入ってくる。 有機物である木材を乾燥させ、建物を長持ちさせる工夫である。 近代の気密住宅とは真逆である。そのほか、子どもたちが50分間飽きない計画を立てている。おそらく10年後も20年後も屋根裏に潜ったことは記憶に残るだろう。普通は絶対見ることができない。 管理が行政から指定監理団体に移行した利点でもある。 申し込み先は川尻の6軒のお菓子屋さんだ。申し込み時に駄菓子の1個でも買ってくれればという魂胆である。


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【菓舗かずさ屋】6月1日
震災建物はできるだけ修繕する方がよいが、 60坪を超える大きな建物の場合、それなりに費用もかかる。 営業上、そんなに延べ面積は要らないので半分以下の27坪の新築で再建することにした。使える古材や建具は再利用することにした。 本日は餅投げ。 お菓子屋さんなので、お菓子目当てで60人が集まった。

【公会堂の秘密】6月3日
川尻公会堂に小さい時から慣れ親しんでもらおうと企画した。ちびっ子たち10人が集合した。建築の説明にはほとんど興味を示さないが、屋根裏見学、 床下見学、 ミニスケッチには小さい子も即進して動いた。 おそらく、10年後20年後も、 公会堂の屋根裏と床下に潜ったことだけは記憶に残るだろう。

【べからず集】6月10日
大工技術の伝授は「べからず集」といわれている。 手取り足取り教えるのではなく、 禁止事項だけを教えるそうだ。 そのひとつを発見した。「継手は材の中央部で継ぐべからず」。 金輪継ぎといえども、曲げ応力が最大にかかる中央部で継ぐと駄目だという「ベからず」のサンプルだ。金輪継ぎは金輪で保持したように強いというけれど、数値的には30%程度の強度しかない。

【補強方法】 6月18日
地震で基礎が沈下することはない。地盤が弱ければ長期荷重ですでに沈下している(液状化は別)。よって、 特別な基礎補強はしない。昔の家は変形性能が高いので、 変形に追随するような耐震補強をするのがよい。 4寸角柱は3,000円、4寸 × 8寸柱でも6,000円だ。 木材を大きく使おう。

【菓舗梅園工場】6月21日
足場が外れて、外観が姿を現した。 和菓子店「梅園」の工場である。被害にあった既存工場の半分くらいの規模に縮小しての新築だ。 川尻のまち並みに合わせた外観であるが、和菓子店の経営が怪しくなったら、ゲストハウスにでも転職できそうと、建て主は言っていた。

【熊本県立大学】 6月23日
熊本県立大学環境共生学科3年生に川尻公会堂を案内した。90年経過した建物には艶がでる。「耐久性が同じだったら、絶対こっちがいいよね」と言いたいのだが伝わったかな。 そもそも構造解析は、基準にない耐震要素5つを採用し、その原案は熊本県立大学で検証した。 地の利である。

【老練職人の痕跡】6月25日
古いものより新しいものが善であろうか。 木材は腐れと虫害がなければ600 1000年耐久と言われている。 そのうちの100年は大した年月ではない。老練の大工職人がつくった手の痕跡はそれなりに価値がある。 モネの絵の価格が高いのは上手というだけでなく、モネは亡くなっていてもう描けないからである。今の大工より上手に納めてある木組みは残す価値がある。


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【厄入り】 7月1日
川尻六工匠のメンバーの厄入り宴会を川尻公会堂で行った。 60名の参加だった。川尻六工匠を組織化して27年になる。 全員集合は初めてだ。 建築職人を腕が良いから集まろうではなく、 川尻近辺に住んでいることが条件だった。 手作業、 新建材を使わない主義で通してきた27年間。 早く、安く、 今だけに目を背けた行動方針はこれからも続けていく。

【どら焼きコーナー】 7 月 4日
和菓子店「かずさや」の瓦屋根が葺きあがった。 それなりに風格がでる。工場は奥にある。 店舗部だけをグループ補助金による建て替えであるが、経済産業省の補助金なので、 経済向上のためには少々プランは変更してもよい。 店舗の中にどら焼き実演コーナーをつくろうと思ったが、保健所から許可がおりないそうだ。 アンコを詰める作業は作業工場内でやらなければならない。店舗内にガラス張りの3m²の工場をつくることにした。3m²の工場は外部から見えるので、 通りががりに見て欲しい。

【市庁舎建て替え 】 7月6日
熊本地震で熊本市庁舎は無傷だった。 なのに、 次に震度6強がくれば、地下の杭が折れ、耐震補強が困難で、 建て替えるという。もし、次の地震でほとんどの杭が折れるなら、 他の建物の杭はどうなるのだろうか。もはや市庁舎だけの問題ではなく、 熊本市全体の社会問題である。まず構造専門家による参考人招致が行われるので、聞きに行こうと思う。7月26日らしい。

【桜の柱】 7月8日
広葉樹は曲がり木が多い。 製材で真直ぐ挽いても月日が経ち乾燥すれば曲がる。 この柱は重さで曲がったのではない。 桜の堅木が自然に元に戻ろうとして曲がったのだ。9尺で1寸の曲がりである。 桜は弾力性がないので、荷重でこんなに曲がったのであれば折れている。これだけ曲がっていれば添え柱は入れたくなる。

【泰養寺】 7月11日
川尻には17の寺がある。 地震で17棟のすべてが被災した。 その中の一つの泰養寺は全部を解体し、古材を加工し直して再建している。花先建設が施工している。 素屋根がないので、 外観が良く見える。

【経年変化】 7月14日
木材は月日が経つと黒くなる。 白木から段々シルバーグレーになりこげ茶に変わる。 この色になるまで7年かかる。 しかし、途中の斑点は見苦しい。 高名な木材の先生にあの斑点はカビなのかと聞いたことがある。黒カビではないがカビの一種と思ったがよいという答えだった。 カビとは断言しなかった。 もう少し詳しく聞いておけばよかった。真相は不明だ。

【経年変化2】 7月17日
経年変化で木が黒くなるわけ。 杉の木を水の中に浸けておいた。杉の木のタンニン成分が抽出され黒くなる。 元の杉の木は色が抜けるのかと思えば、 むしろ前より黒くなっている。 木の成分が表に出てきて黒くなると勝手に思っている。

【市庁舎建て替え説明会】 7月19日
熊本市17カ所各地で市庁舎建て替えの説明会があっていて、本日は熊本市南部地区が最後だった。参加者はわずか3名。400憶の費用なのにほとんど関心がない。 説明はビデオで行われ、 地震被害は全くないのに建て替えますという内容だった。 次のような質問をしたが即答はできないので、 後日返答をもらうようにした。
①時刻歴応答計算で12種類の地震波を入れた。 その内、 告示波が基準オーバーだった。 熊本波で安全なら、 告示波で検証する必要はないではないか。
②次に震度6の地震が来れば全部の杭が折れるという。熊本地震では1本も折れてない。 次の地震で市庁舎の杭が全部折れるなら、熊本市中の杭建築物の安全性の方を優先すべきではないのだろうか。杭を打つとしても、場所が狭いので、電車通りまで工事範囲を延長しなければならない。 電車を1年止めることはできないから、建て替えしかないという変な論理である。 電車通りとの間には地下室がある。 そこを潰して杭を打てばよいではないか。
③現在4万m²である庁舎を新庁舎では5.3万m²にするという。納税者は減っているのに、 北・東南、西庁舎を新設した。 減築は構造的に不可能なのは理解できるが、減床して建物の重さを減らす手段があるのではないか。
④50年後のライフサイクルコストは修繕が1040億円、新築が1030憶円という。見え見えの数字のマジックである。どういう返事がくるか楽しみだ。

【塀の土台の施工】7月23日
木は痩せるなという。 どんな上質な木でも濡れたら膨張し、乾燥したら収縮する。モルタルは湿度差で収縮はしない。 外部で木とモルタルでは収縮差で隙間が生じる。 そして、 雨水が侵入する。 雨水に出口がない。防腐剤塗布があっても、 表面だけなので内部から腐れ出す。檜材だって同じ。

【川尻四つ角】7月26日
深川邸がやっと上棟まで進んだ。 資金の件、 補助金の締め切り、境界線、隣家の崩壊、営業変更などいろいろな問題を含みつつ、上棟までこぎつけた。 施主と話していて、もう一つなんかありましたよね。 と言いつつお互い思い出せない。 吹き出物と同じで、 後回しにすると大きくなる。まだ思い出せない。

【餅投げ】 7月30日
深川金物店の上棟餅投げを行った。 80人ぐらい集まった。 子供会、親父の会、地域のラインが広報手段だったが、 川尻にこんなに若い人がいるのかと再認識した。隣に小さなスーパーマーケットがあり、6時に締まる。 マーケットの惣菜の残りを利用して6時からのビアーガーデンをやろうと深川氏と話した。冗談が本物になるかもしれない。


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【ドロボーに注意】8月1日
木製建具は全体工事の最後にしか設置しない。 玄関戸もベニア1枚を立てかけておくだけだ。この現場にドロボーが入った。コンプレッサーやカンナなどは盗まれてない。 丸鋸とLED 扇風機と安い投光器だけだった。 「警察に被害額を言うのも恥ずかしい」と榊大工は言っていた。しかし、高額品は置いていて、 低額品だけ盗むとは良心あるドロボーだったかな。

【参考人招致】 8月3日
熊本市は市庁舎の耐震診断をした。現行基準法に適合していないし、改修工事は不可能だと言って、建て替えを進めている。 そこで、 専門的なことは専門家にと、元・日建設計の構造統括部長だった斎藤幸雄さんを参考人招致して意見を求めた。参考人招致の様子は市庁舎5階でのTV観戦だったが、 聴衆者がなんと少ないことか。400億円の事業なのに、関心が薄い。結果は、①基準法には違反していない、②震度6の地震動を受けて被害がなかったとの解析、 ③ 今度、震度6強を受けて杭に被害があることは考えられない。一ことごとく「建て替え報告書」を論破された。報告書が間違いということではなく、震度6強の地震に耐える建物か、あらゆる地震にびくともしない建物を希望するかが争点だろう。次回は月末に、報告書を検診した高橋先生を参考人招致するらしい。

【灼熱セミナー】 8月5日
水俣エコハウスで恒例の灼熱セミナーを開いた。 熊本市は最高気温37.2度だったが、水俣は35度だった。外気温が35度だと、室内は33度である。家のつくりようで、風通し、吸湿、 輻射熱防除で、 室内の体感温度は31度ぐらいまで下がる。我慢の範囲内だと思う。今年気付いたことは、猛暑日初日と猛暑日連続後では、 同じ気温でも体感が違うということだ。体感で一番暑いのは6月23日の12時なのが、 実際の最高気温は8月初日の14 〜 15時で、少しずれる。今年は、梅雨が長引いて、猛暑日突入が遅れている。 同じ外気温35度でも例年と違う。今から酷暑がはじまるだろう。

【絹の襖紙】8月7日
設計費用の代物で絹の襖紙をいただいた。現在では絹製品は高級品であるが、昔は普通の家でも襖紙に使うほどの普及品であった。その絹をつくる蚕のことを話そう。蚕は完全に家畜化されている。羽は退化し飛べないし、桑の葉に捕まる足も退化して、 自然界では自力で生きていけない。人間が、桑の葉を口元まで持っていき、子孫繁栄が楽にできるような環境づくりをしたからだ。住宅も快適化しすぎて、人間の自然対応力が劣化してきているような気がする。 家づくりが老人対象となり、 子どもたちの汗腺が退化し、熱中症が増えている。 快適住宅は度が過ぎているのかもしれない。

【7月23日塀の土台の続編】 8月9日
木は寝せるなという西岡棟梁の言葉があるが、どうしても塀の土台は寝かさねばならない。芯持ち材は必ずヒビがはいる。上部にヒビが入れば、最悪である。 防腐塗料も含侵剤も効果なし。 上部にダミーの板材を置き、さらに上部に斜め材を置いた。 上部材が腐ったら取り換える。 腐る場所を指定する方法だ。 (川尻公会堂の板塀)

【土壁実験】 8月11日
くまもと型伝統的構法の設計マニュアル作成のデータづくりのため、熊本県立大学で土壁実験の試験体を作成している。 吉田工芸社の若手3人が作業している。前職はボーイ、 介護だったとのこと。楽な仕事より、後世に残る仕事に魅力を感じたのだと思う。11月頃、加力試験を行う予定である。

【フェイク】 8月16日
フェイクニュースの本場はアメリカだが、 フェイク建材の本場は日本だ。 外装では、コンクリート、 トラバーチン、 チタン、 鉄板、 マーブル、 吹き付け、タイル、木材仕上げをサイディングがつくる。 世界最高の技術だろう。内装も同じくビニールクロスがつくる。 最高傑作は漆喰だ。 漆喰成分が少し入っているので、完全に偽物とも言えない。 法律を逸脱していなのでコンプライアンス商法ではある。

【市庁舎建て替え問題】 8月18日
熊本市は、8月2日に斎藤幸雄さんを参考人招致したが、その後波が立たない。 熊本日日新聞社の高橋記者が15日に斎藤さんの見解を新聞に投稿した。 斎藤さんは日建設計時代に超高層の構造計算を20棟は計算したそうだ。 そんなに経験豊かな人の見解を無視しないでほしいものだ。

【蚊帳】 8月22日
昔、就寝時の納涼は蚊帳であった。室内は屋外と同じで、木の下と同じ環境となる。近年物騒となり、窓が開けられない。網戸に格子を付ければ、蚊帳仕様と同じ状況となる。夜の気温が30度以上を熱帯夜というが、外部緑の冷輻射と微風で30度までは過ごせる。

【川尻の土蔵】8月24日
川尻地区において個人所有の数少ない土造蔵である。 未登録文化財の補助金を得て修復工事を始める。 見える部分は土壁漆喰の補修で、 見えない3方は板壁で補修する。 半年以上はかかる。この制度は締め切りが延長可能なので、工程が組みやすい。昔、就寝時の納涼は蚊帳であった。 室内は屋外と同じで、木の下と同じ環境となる。近年物騒となり、窓が開けられない。 網戸に格子を付ければ、蚊帳仕様と同じ状況となる。 夜の気温が30度以上を熱帯夜というが、外部緑の冷輻射と微風で30度までは過ごせる。

【手製の夏祭り】8月26日
川尻の若物たちが創作祭り 「川尻わっしょい」をはじめて12年になる。雨だったので加瀬川河原から小学校の体育館へ会場が変更して行われた。500円のタオルを売って財源を確保するトミクジみたいなシステムで人を集める。 もちろん当たりはある。 パトカーへの試乗に子どもたちは興奮する。 ラクビーのボール蹴りなど、 補助金なしだからこそ、 費用の掛からない良く考えられた夏休み最後のイベントだ。

【三和土】8月28日
もう15年になる。 石灰と粘土と砂を混ぜて叩くのでタタキと呼び、三和土と書かせるにくい漢字だ。 調湿性があるという利点はあるが、乾燥しすぎると室内に粘土が舞う。グランドラインより高いとなおさらだ。塩化マグネシウムを撒いて潮解を期待し、空気中の湿度を呼んでみる。 試験だ。

【保険所の検査】 8月30日
28年前に建設した川尻の菓舗梅園の厨房に保険所の立ち入り検査があった。 営業許可の更新時の検査だった。厨房と販売部との仕切りに扉を付けよとの指摘だった。菓子店は市の条例では製造室だから扉がいるそうだ。今頃言われても困る。28年前に言って欲しかった。


小さな町 川尻の震災報告 38

【縮んだ畳】 9月1日
熊本地震から3年半になる。藁床は厚さ55の藁を上から加圧して 5.5cmに圧縮する。 人が上から乗るくらいだと適宜なクッションがあり、床材としてはとても良い。 しかし、畳の横から加圧があることは予想していない、地震をうけると、35キロの藁床は自重で横から加圧されたことになる。そのため、横が5mm ほど縮んだ。そのうち伸びて元に戻るだろうと思っていたが戻らない。

【モジュールビジネス 】 9 月 3日
日本の建築の間取りはたくさんのモジュールがある。モジュールの差を利用した商売がある。本間サイズの畳は6尺3寸だ。 大体の柱中心のモジュールは985mmである。 江戸間のモジュールは910mmだ。畳2枚が1坪なので、 面積比は17% ある。 そこに商機を見出した人が熊本にいる。江戸間で注文を取り、 本間で大工に発注し、 その差 17%に利益を生むという商売だ。 江戸間 30坪の家は畳60枚だが本間35坪の家も畳60枚となる。 詐欺まがいだが詐欺とは言えない。 名前をあげたら営業妨害になる。

【かずさ屋】9月15日
もうすぐ完成である。 今までは和菓子屋だった。 今秋から、 兄弟で、和菓子とパン屋を開く。 規模は以前の半分になったが、 グループ補助金のおかげで、 なんとか店舗再建ができる。 規模を小さくして、機能が前と同じだったら、間取り変更は可だった。解体材はできるだけ転用し、新築にはない味合いのある店にしたい。あと少しの工期ではあるが、職人不足で開店日は約束できない。

【いぐさの成長の差】9月21日
石臼の中のイグサの仲間のカヤツリグサには10年間肥料はやっていない。 水をやるだけで良く育つものだ。左の植物は土に植えている。 土の養分があり良く育つ。茎は空洞になっていて、表皮は堅い。床材に使えば強いし、吸湿性もある。最近、 偽物の畳表が出回っている。紙らしい。 安くはない。本物があるのに、どうして偽物を愛でるのだろうか日本人。

【平屋】9月26日
平屋にするか、2階建てにするかは、敷地や家族やライフスタイルなど、いろいろな条件で決定するが、 やたらと地震対策を理由に平屋の家を建てようというコピーが多い。 更に、瓦をやめ、屋根を軽くしたり、 窓を小さくして壁を多くしたりして、 「地震に強い家」だけを建築条件にしている。20年前、宇城市松合地区では、台風と高潮が重なり12名の方が亡くなった。平屋の天井まで浸水し、溺死した人が多かった。平屋はだめだと言っていたあのころをもう忘れたのだろうか。地震、津波、高潮、津波、噴火、火砕流、土石流、洪水、 液状化 洪水、台風、竜巻、 山火事、どれかがやって来る。

【松尾さん追悼】9月30日
戦友がひとり逝った。 酔っぱらって、足を滑らせ、階段を落ち打ちどころが悪くて、亡くなった。 馬鹿な死に方と思ったが、 酒酔い気分で天国に行ったのだから、幸せな死に方かもしれない。 熊本地震直後、道路は解放区と化し、応急修繕工事で沢山の応援が川尻に来てくれた。 リフトを運転している松尾さんの写真があった。 もちろん無免許である。彼は、我欲がなく、 信念で伝統構法をこよなく愛した。 佐賀県鹿島は決して裕福な地域ではない。 都会の建築関係者は、伝統構法は手間がかかりコストが高いといって極まれにしか勧めない。 都会の平均年収半分以下の地域で、彼は、 ほぼ100 % 伝統構法を建てている。理由を聞くと、孫の代のことを思うとゴミなる建材で家を建てたくないという。台風、津波、土石流がくると、 建物建材は殆ど海に流れる。塗装を含めプラスチックは建材に多く使用されている。 マイクロプラスチック問題は元から絶つ方がよい。 彼はまた酔っぱらって、足を滑らせ、来世から落っこちて来そうな気がする。


小さな町 川尻の震災報告 39

【重い壁の補強方法】 10月10日
全面的に壁が傾いている。 ワイヤーで引っ張り、建ちを直しても、ワイヤーを緩めるとまた元に戻る。 内側に傾いていれば、壁を新設した場合、基礎に圧縮が働くが、傾きが外側だと基礎が浮いてしまうので、 梁の押さえに期待する。癖はなかなか取れないから、ワイヤーで上部を引っ張ることにした。

【地震予想】10月16日
日奈久断層の地震予想が発表された。 安全なのは益城町だ。 今まで断層に近いところが危険だと思っていたが、 熊本地震では震源地ではなく地盤が弱いところで被害が大きいと分かった。 日奈久断層の区間南部はひずみが残っていて、近い将来もう一度大地震を起こすという。 最大の能性はM8.1 だそうだ。 活断層と海洋断層の確率の意味が違う。 海洋断層の南海トラフは、震度6強の地震が30年に起きる確率は80%。 日奈久断層は、震度6強の地震が30年に起きる確率は6%。 また、50年に起きる確率は10%だ。 九州全域で考えたら震度6強を発生させる断層は10本あるので30年に起きる確率は60%となる。 九州のどこかでまた起きる。今上映中の『クロール』を見に行ったが、台風とワニ被害が同時に発生する映画だった。台風と地震が同時に来たらどうなるのだろうか。

【引き渡し】 10月20日
全壊判定は被害率が50%以上をいう。 よって全壊判定でも修繕可能な家はたくさんある。 この家は被害率が80%ぐらいだった。 再生は不可能だったので、 自費解体にして、部材を取り新築工事部分に転用した。 あのとき、もう少し時間が取れれば、建具、床材などもっと多く転用できたのにと悔やまれる。規模を半分にして座敷をなくしたので、居間の中に仏壇を入れた。

【山ツアー】 10月23日
地震から3年半が過ぎた。地震修復工事はまだたくさんあるが、山からの産直木材購入システムが元に戻った。 地震後、一般に受注工事が途絶えていて、山への発注ができなくなっていたので、山の収入元を心配していたが、たまたま山への大型特需が2件あり、木材販売が途絶えることがなかった。

【三角海運倉庫】10月25日
130年前の築造で、 30年前に大改装が行われている建物だ。世界遺産の一部でもあり、地震後、耐震診断を行ったら耐震不足と判明した。それで、補強することとなり、この度、耐震補強設計の入札があった。談合はしていないが、皆が高い金額を入札してくれたために私が落札して仕事をすることになった。 設計の競争入札はいやですね。設計料の安さで設計者を決めるとは。簡単設計で工事費が高くなれば、 設計料の金額差どころではない。 簡易プロポーザルぐらいで決めて欲しいものだ。

【川尻公会堂宿泊】10月27日
川尻小学校の緑の少年団 13名相手に、 川尻公会堂に寝泊まりをして、カレーをつくり、建物探検のイベントを昨日から今朝まで行った。床下探検と小屋裏探検はいつも好評だ。建築現場の端材も積み木の遊び道具となる。

【 耐震実験】 11月1日
くまもと型伝統構法木造建築物の普及促進で、3P×5Pの大きさの実物大実験を行うことになった。耐震要素は長ホゾ、足固め、 小壁板壁である。開放的で全壁がないモデルだ。計算ぎりぎりの加力を与えてどれくらい傾くかという実験だ。足元も固定していない。どうなることになるだろうか。


小さな町 川尻の震災報告 40

【臥龍梁】 11月5日
N邸の天井を剥いだら、臥龍梁とでも命名してよさそうな松材が出現した。 今の時代はすぐチップ行きだ。曲がった材料でも大事に使ったので、日本の大工の加工技術は上がっていった。 100年以上も小屋裏に隠れていたが、 できれば見えるようにしたい。

【実大実験1】 11月7日
くまもと型伝統構法木造住宅のマニュアルを作成している。 要素のデータは揃っているが、 複合した場合、単品の合計になるかの実験だった。 2+2が、3か4からのいずれになるかが見ものであったが、結果は4だった。 変形する角度を変形角という。 震度6強の地震を受けてどれくらい変形するかが許容値となる。 くまもと型の建物は変形角の許容値を1/20と決めている。実験体はぎりぎりの1/21の設計である。予定通りのセーフ。実験は許容値を越え1/10まで非公開で行った。

【実大実験2】 11月9日
足元の滑りの実験も同時に行った。 摩擦係数というのがあって、コンクリートと石の摩擦係数は0.4だ。 建物の重さが7トンとすれば7トン×0.4=2.8トンの加力以下までは滑らないことになる。 しかし、 実際は荷重が偏ったり、 底面角度が変化したりして複雑な動きとなる。 実験では滑らなかった。 基礎と建物はアンカーボルトなどで緊結しなくてもよい場合もあるということだ。

【左官】 11月13日
吉田左官が土蔵蔵の補修工事の段取りのために来てくれた。 やりにくい箇所の修繕工事が好きという。 今の時代の掛け声は「安く」「早く」 「今だけ」である。彼は、 職人の待遇改善に努力している。休みと給料アップである。その結果、若い職人が集まってきている。8年ぐらい前に、 彼の持論を聞いたことがある。建築の元受けは自分の給料は上げて、下職の手間は下げる。それでは職人は集まらない。世の中の時流ではない。自他に対する考え方の根本が間違っているのではないだろうか。

【地震被害の建物】 11月18日
手付かずの地震被害建築物はまだある。擁壁問題や相続問題でのびのびになり3年半が過ぎてしまった。見るだけでは解決しない。 構造検討、調査には相当の時間がかかる。 補助金の期限も切れたし、屋根はしっかりしているし、いまさら急ぐこともない。 難問をどうやって解くか考えてみよう。

【耐震診断】 11月23日
耐震診断法には一般診断と精密診断がある。一般診断だと安全率を低く抑えてあるので補強費は高くなる。 例えば、 一般診断費用は5万円だが補強工事費用は600万円。精密診断にすれば診断費用は30万円だが補強費用は400万円となる。伝統構法の場合は、大きく揺れても安全な計算を行う。 計算費用は100万円と上がるが、 補強費用は200万円と低額になる。 しかし、伝統候補の場合は古い家が多いので、 修繕費が補強費の数倍もかかる場合もある。

【丸竹大壁】 11月28日
丸竹大壁の家の補修である。 見た目の被害は大きかった。 骨組みである柱、梁、貫には被害はない。 補修の材料は、土と竹と縄である。 なんと単純な材料だろうか。 手間が食いすぎると多くの人が批判するが、 100年後、石油もウランもなくなったとき、 必ず復活する工法だ。イマニミトケ。